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小川洋子さんの講座
先日、武蔵野大学の公開講座「小川洋子さんに聞く・物語の楽しみ」へ行ってきました。小川さんはデビュー当時から崇拝している大好きな作家さん、サイン会のお知らせは時々目にするけれど、話を聞けるというのはめったにない機会なので思いきって出かけました。

今回は講演というよりインタビュー形式での90分(実際は100分)、聞き手は武蔵野大講師で小川作品を研究されている高根沢紀子氏。おもに「博士の愛した数式」についてのお話でした。メモもとらずに聞いてしまったので断片的で曖昧な記憶ですが、忘れないうちに少しメモしておこうと思います。

会場となった雪頂講堂に集まった500名ほどの拍手に迎えられて登場した小川さんはブルーのニットアンサンブルに濃いグレイのスカート、黒のパンプス姿で胸元にはパールのネックレス、という清楚ないでたち。とてもスリムで姿勢の良い方という印象です。

まずは映画化された「博士の愛した数式」に小川さんが出演されたシーンが舞台後ろのスクリーンに映し出され、そのことについての話から。
原作にはない場面ですが?と訊かれ、監督はどうしても(能の舞台を)取り入れたかったようです。博士のお姉さんの家の壁にも能のお面が飾られていたし違和感はなかったように思います。原作と違う演出をされることについては気にならないタイプなのだとか。
あの(能の)シーンは浜離宮に舞台を作って撮影され、出演したというよりはエキストラさんのお手伝いをさせていただいたというような感覚でした。撮影は寒い日でしたので暖をとりながら行ったのだそう。
映画化の話がきたのは「薬指の標本」が先で5年ほど前のこと。仏での制作・公開を経て「博士の愛した数式」と同じ年に日本でも公開となりましたが(博士…は2006年1月、薬指…は2006年9月)私の作品を映像化するのは難しいのでは?と思っていたのでどちらも出きあがるのをとても楽しみにしていたそうです。
そして、これは私も疑問に思っていた「なぜ博士の記憶は60分でも90分でもなく80分しかもたないのか」に関しては、特別な理由は特になくて、お手伝いさんが買い物に出かけて帰るまでのおおよその時間から設定した、とのことでした。

執筆については、以前マッチ箱を集めた本を読んでいるとき「私、この一つ一つについて物語が書けるなと思った」ことや、毎日決まった時間(朝から夕方まで)に机に座り、書きかけの小説の続きを書く姿勢をできるだけ崩さないようにしていること。執筆中はあえて作品の中心にどっぷり浸からず、意識して距離を置くようにしていることなども話されていました。予想どおりに展開していくよりも予想した着地点に辿り着かなかった作品こそが成功作、とも。そうそう、子供の頃に夢中になって読んだ本は「ファーブル昆虫記」だったそうです。

・・・若い頃は世界中のどこにもないような物語を書こうという気持ちでいたけれど、最近になって作家の役割というのはいま生きている人々の最後尾を歩きながら、言いたいことがあったのに死んでいった人たちの忘れ物を拾って物語にすることではないかと思うようになった、のだそう。


それからそれから、何を話されていたかしら?まだまだたくさんあった筈なのに今はちょっと思い出せなくてなんだか申し訳ない気持ち。「言いたいことがあったのに死んでいった人たちの忘れ物を拾って物語にすること」というくだりは、聞く人によっては気味悪く思うかもしれないけれど、小川作品のファンにしてみるとおおいに頷ける意味深い言葉でした。講演終了後、本を購入した人向けのサイン会が行われたので私も列に並びましたが、一人一人に「お待たせしました」と丁寧に声をかける小川さんの瞳は少女のように澄んでいたのが印象的でした。

今後のご活躍を期待しています。。。
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